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ことばの変化 大学・中庸 [まえがきからの啓発]

”けれども、何のためによい成績を取り、めざす学校に入り、希望の職業に就くのか、と
さらにその先の目標を考えるとどうでしょう。
学びは学校の中のものでなく生涯にわたるものです。
「何のために学ぶのか」という問いは、長い時間幅をとって考えていくと、
「何のために生きるのか」という問いに近づいてきます。”
矢羽野隆雄 大学・中庸 ビギナーズクラッシクス中国の古典 角川ソフィア文庫 2016
はじめにより

設問は「我々が学ぶのは一体何のためでしょうか。」という問いに答える文を拾い上げた。
納得してしまう点は、「その先の目標を考える」ことが抜け落ちてしまう点でもあるし、
このことは、引いては、「何のために生きているのか」という根本の問いかけに
自分が気がついていないのかもしれない。そのこと自身に気づく。

古典を手にするのは、自分探しのためであるのかもしれないし、
自分の目標を設定するための指針としてなのかもしれない。
しかし、答えはまだない。

「大学 意を誠にするとは ー 伝の第六章」の日本文での説明で、
「善い行いができず悪いことをしてしまうのは、
往々にして「何が善か、何が悪か」をわきまえていないのではなく、
善いと知りながらできず、悪いと分かっていながら
してしまうのではないでしょうか。」(77ページ)とあることばは、
何かにつけて考えさせられる。

また、本文の「中庸」の説明で、
「素して行う ー 今いる場所で生きる(第十四章)
君子は其の位に素して行い、其の外を願わず。
(本文の訳:君子はいま自分が身を置いている立場・境遇に応じて(なすべきことを)行い、
その外(の境遇・立場)を願うことはない。)(190−191ページ)」

これだけ、人生を迷い迷いすると、自分を君子とは思わないが、悪いことは別とし、
偶然にせよ、自分で選んだにしても、他から与えられたにせよ、その経緯にかかわらず、
今いる、その立場で、なすべきことを行う、とする心構えにしなさい。
このことばを受け止めたのは、短い時間の中でもありがたく響くものだ。

「真理は常に簡単なものであり、身近なところにあると信ずる。」
宇野哲人 大学 講談社学術文庫 1983 はじめにより

別の「大学」の著者によることばとなるが、ハッと気付かされるものがある。
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