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ことばの変化 論語入門 [まえがきからの啓発]

”『論語』がいずこにおいても色あせない大古典として、長らく読み継がれてきたのは、単に教訓を記した無味乾燥な書物ではなく、読む者の心を揺り動かす迫力と面白さに富むためだと思われる。
『論語』の魅力、面白さは、その中心をなす孔子という人物の面白さ、魅力に由来する。”
井波律子 論語入門 岩波新書1366 2012 序から

一つ二つの語句や言い伝えのようなことばに出会うことはあっても、なかなか『論語』の概要がわかるまで読み通したことはなかった。通読するという機会はありえないとも思っていた。
その中で、古典の中身も紹介しながら、孔子という人物像を切り出そうという試みに、
とても興味が湧いたので、この書を手に取ってみた。

読み進める中で、ほっこりしたのは、次のことばであった。
”曾子(そうし)は言った。「先生(孔子)の道は、忠恕(ちゅうじょ)(自分に対する誠実さ、
他者に対する思いやり)で貫かれている。」ということだよ。”(里仁第四)
井波律子 論語入門 岩波新書1366 2012  74ページより 漢字にルビあり。

これを読んだときの理解が、
「忠」ということばが、自分に対する誠実さを示し、ということは、いわば、自然体の自分、
あるがままの姿、というものを大切にして、
「恕(じょ)」ということばが、他者に対する思いやり、ということは、自分以外のものに対して、
愛情とは言わないにしても、思いやりを持って接することが、
人として、また、孔子という先生の立場としての道、すなわち、基本的なルールとして、
これを一貫したものとしているという解説である、と理解し、
孔子の弟子の人たちにもそう理解され、このことが論語全体にも貫かれ、
また、その時代(中国の春秋時代、紀元前550年ごろ)を生き抜いた方と受け止めた。

はて、その生き方が、自分にもできるかなあ、と少し時間を取ってしまった。
この後には、さらに孔子の人物像が描かれているので、それを少しずつ読み進めてみよう。

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ことばの変化 SF短編読後106 [まえがきからの啓発]

星新一 表題「ひとにぎりの未来」 新潮文庫 1980  
取り上げた短編 「お待ちください」。
このSFショートショート、題名通り。すごいなあと感心する。
引用する文中からのことばは、ここではないけど。

読んだ感想といえば、
待ってる方も、待ってるのはいいかもしれないけど、
そのまま待ってて、それでいいのかと思うし、
待たせる方も、そのまま待たせていていいのか。と思う。

本人たちは、そんなに時間がかかっているとも思っていないのかも。
十分に吟味して、いろんなことを考えて、議論を重ね、
結論が出るまで、時間をかけているということなんだろうね。
となると、待っているとか、待たせてるということも忘れるかも。

待つとか、待ってて忘れてしまう代表的な事柄は、当時のことばとか、地震。
例えばの話、
時間が1年、2年前ならば、それほど、ことば自体は大きく変わらないかもしれない。

でも、100年後、200年後の日本語はどんな言語になっているのか。
予測してみて、そのことばで、語りかけてほしいと思う。
短い期間なら、地震ということでも、注意はする気持ちはたぶん持続する。

逆に、時間を遡ってみたら? およそでたどってみる。
2024年の100年前は、1924年。
 関東大震災1923年9月1日の翌年。
 大正後期の12年だな。ラジオの音声があるか、読み上げ原稿が残ってるかも。
 日本語も変わったところあるかな?
2024年の200年前は、1824年。江戸時代の文政年間だね。
 1830年に京都で地震があった。
 1854年は、安政東海地震と安政南海地震だ。
 古文書があるかもしれないだろうから、
 それを読み解いてはどうかと。
300年前には、関東で大地震が起きている。1703年の宝永地震だね。
その当時の記録するべきだろう大きな事件内容が
どう記録されているかを知りたいと思ったのですが。読めるかなあ。

ショートショートを前提にしたら、1000年後、2000年後も視野に入れていいかも。
チャットGPTに問いかけてみたい内容かもしれません。
内容ですか? 「お待ちください」かも。
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