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ことばの変化 人生論ノート [まえがきからの啓発]

”この書物はその性質上序文を必要としないであろう”
三木清 人生論ノート 角川ソフィア文庫 2017 あとがきより

三木清の人生論ノートは、23のテーマが掲載されている。
人生論の中で、「人生について」というテーマはないと思う。いや、設定しにくいと思う。
はじめにや序文などのまえがきで書けば、それがそのまま人生論を語ることになってしまうだろうから、唯一まえがきのないものが人生論の書ではないかと思う次第である。

ここでのテーマは、
人生の中で、めぐり合う事柄(具体的なもの)や概念(抽象的なもの)をそれぞれどのように定義づけをしたり、解説したり、意義づけたりするのかが試みられていると思われる。

例えば、「旅について」を取り上げることがあるなら、
人生の中で、旅が1対1の相対する事柄の一つとしてとらえれば、
人生の中の旅とはなにか。
人生における旅の位置付けとは。
人生で旅をどう扱うのか、あるいは、扱ってきたのか。
人生で旅の意味するところ、その意義づけは何か。
旅で出会った人々は、人生の中でどういう役割を果たしているというのか。
この逆もまたあり。
などなど
と考察を進めるだろうと推測される。

三木清の「旅について」を読んだとき、
文の最後にある一節がすばらしい印象を与える。
”旅において真に自由な人は人生において真に自由な人である。
人生そのものが実に旅なのである。”(159ページ)
これには卓越した知性感性もろもろが込められているような気がした。

旅は旅する人の人生を反映している、とも言えるのである。
この意味が込められた文がある。
”旅は人生のほかにあるのではなく、むしろ人生そのものの姿である。”(158ページ)

休みの日には、どこかへ旅をしよう、と。自分の真の姿に出会うために。

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