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ことばの変化 易経 [まえがきからの啓発]

”『易』がもと何であったか、でなく、『易』が古来の人々にとっていかなるものであったか、を問題にしたい。”
本田済 中国古典選1 易(上) 監修吉川幸次郎 朝日新聞社 1978  解説より

”『易』は第一に占筮(うらない)のテキストである。古代中国では国の大事を決定するにに、多く占いにたよった。”(解説6ページ)

私事ながら、占いをしようとすると、コイン6個を準備する。卦を占った後は、易の本をパラパラとめくり、一読すると、なんとなくわかった気持ちで、そのページを閉じていた。

『易』を読むと、孔子のことばが添えられている。
状況としては、易の卦(け)のことばの意味はどういうことですか、と問われて、
それについて、丁寧に註釈を与えたものと推測する。
孔子のことばは、繋辭上傳、繋辭下傳にて、易経の哲学的意義を解いている。

この解説書の中で、一番身に染みたのが、孔子の次の警句であった。
”自分に味方するものが一人もいないようでは、自分を害しようとするものがやってくるだろう。”
(易(下) 繋辭下 330ページ)
この文言の前には、”君子はその身を安らかにしてから行動し、その心を平らかにしてから民に語りかけ、人民と誠意の交流ができてから要求する。君子はこの三つのことを修めるが故に、安全である。
反対に、その身危ういままに行動すれば、民は味方しない。”と。

君子というわけではないにしても、何事につけ、なんらかの責任を持って、業務にあたる上では、身の処し方を理解し、言い換えれば、物事の断りや理論武装など、気持ちの整理をした上だけでなく、周囲にいる人々との意思疎通をはかり、自らもまた誠意をもった交流を心がけることができないと、さすがに自分一人でのことであれば、いずれ自分に危害が及ぶ、と読み取ったわけである。

頻繁ではないにしても、迷いの時に、易を開き、自分が置かれている状況を把握する。
風雷の「益」上九を開けると、このことばに行きあたることになる(98ページ)。
あたるあたらないは別としても、教えられるところは多いように思う。


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ことばの変化 史記 [まえがきからの啓発]

”司馬遷の『史記』は、悲劇を描くことに手厚く、その背景には司馬遷個人の「発憤著書」の思いがある。”
渡邉義浩 十八史略で読む 史記 朝倉書店 2016 はじめに より

「始皇帝の中国統一」や「項羽と劉邦」といえば、ワクワクする内容であることは、確か。
どこを読んでも、想像力豊かに読み進められると思うのも誰しもの思いかと。

けれど、四面楚歌は悲劇で、項羽の句「虞や虞や若(なんじ)を奈何(いかん)せん」のことば(130ページ)は、感涙シーンと推測する。

劉邦が国を統一し、漢という国を立ち上げてから、立国に功績がある忠臣を粛清する内容も含まれており、これも悲劇と映るし、歴史の複雑さを示する題材とも言える。
現代世界に目を転じると、同じ?と疑うような事件が意外にも散見されるのも事実かと思う。

”大風の歌  
大風 起りて 雲 飛揚す
威 海内に加はりて 故郷に帰る
安くにか猛士を得て 四方を守らしめん”
漢高祖 劉邦の心境を歌ったものとして、紹介されている(156〜158ページ)。

望郷の地にて臨む歌とは思わないし、故郷は遠きにありて、でもない。
その地にあって強く望む意志の表れにも受け取れよう。

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